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東京地方裁判所 平成11年(ワ)16512号 判決 2000年9月25日

第1事件原告

羽深和人

第1事件原告

浜辺良信

第1事件原告

吉田英二

第1事件原告

山田進

第1事件原告

清水秀盛

第1事件原告・第6事件被告

神野由夫

第1事件原告・第9事件被告

岡田和成

第1事件原告・第2事件被告

長谷川隆一

第1事件原告

長聡

第1事件原告

川浦理也

第1事件原告・第5事件被告

宮城健

第1事件原告

小野保夫

第1事件原告

桐谷宗孝

第1事件原告

菅谷光哉

第1事件原告

近藤幸雄

第1事件原告・第7事件被告

島村敬一

第1事件原告・第3事件被告

石井賢二

第1事件原告

井田富士夫

第1事件原告

牛丸健

第1事件原告

大熊正浩

第1事件原告

浅倉泰

第1事件原告

須藤昌仁

第1事件原告・第4事件被告

今井明

第1事件原告・第8事件被告

佐竹一剛

第1事件原告

猪又恭三

第1事件原告

吉田日出男

右第1事件原告ら・第2ないし第9事件被告ら訴訟代理人弁護士

内田雅敏

第1事件被告・第2ないし第9事件原告

エスエイロジテム株式会社

右代表者代表取締役

斉藤彰悟

右訴訟代理人弁護士

石嵜信憲

森本慎吾

山中健児

丸尾拓養

第1事件被告訴訟代理人弁護士

堀越孝

第2ないし第9事件原告訴訟代理人弁護士石嵜信憲訴訟復代理人弁護士

吉池信也

主文

一  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告羽深和人に対し,金8万0143円及び内金5万3429円に対する平成10年10月16日から,内金2万6714円に対する平成10年11月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告浜辺良信に対し,金7万6667円及びこれに対する平成10年10月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

三  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告吉田英二に対し,金13万6250円及び内金10万9000円に対する平成10年10月16日から,内金2万7250円に対する平成10年12月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

四  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告山田進に対し,金8万5714円及び内金5万3571円に対する平成10年10月16日から,内金3万2143円に対する平成10年11月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

五  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告清水秀盛に対し,金46万2761円及び内金7万5333円に対する平成10年10月16日から,内金20万4476円に対する平成10年11月16日から,内金18万2952円に対する平成10年12月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

六  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告・第6事件被告神野由夫に対し,金16万8710円及び内金2万8520円に対する平成10年10月16日から,内金7万8857円に対する平成10年11月16日から,内金6万1333円に対する平成10年12月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

七  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告・第2事件被告長谷川隆一に対し,金31万9202円及び内金7万1678円に対する平成10年10月16日から,内金12万9143円に対する平成10年11月16日から,内金11万8381円に対する平成10年12月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

八  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告長聡に対し,金15万2001円及び内金4万3429円に対する平成10年10月16日から,内金4万3429円に対する平成10年11月16日から,内金6万5143円に対する平成10年12月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

九  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告川浦理也に対し,金10万6334円及び内金6万7667円に対する平成10年10月16日から,内金3万8667円に対する平成10年11月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

一〇  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告・第5事件被告宮城健に対し,金27万4162円及び内金8万0448円に対する平成10年10月16日から,内金10万7619円に対する平成10年11月16日から,内金8万6095円に対する平成10年12月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

一一  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告小野保夫に対し,金9万2143円及び内金7万1667円に対する平成10年10月16日から,内金2万0476円に対する平成10年11月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

一二  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告桐谷宗孝に対し,金8万5715円及び内金2万1429円に対する平成10年10月16日から,内金6万4286円に対する平成10年11月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

一三  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告菅谷光哉に対し,金4万3428円及び内金1万0857円に対する平成10年10月16日から,内金1万0857円に対する平成10年11月16日から,内金2万1714円に対する平成10年12月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

一四  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告近藤幸雄に対し,金6万3143円及び内金5万2619円に対する平成10年10月16日から,内金1万0524円に対する平成10年11月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

一五  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告・第7事件被告島村敬一に対し,金15万6185円及び内金5万1685円に対する平成10年10月16日から,内金8万5500円に対する平成10年11月16日から,内金9500円に対する平成10年12月16日から,内金9500円に対する平成11年1月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

一六  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告・第3事件被告石井賢二に対し,金15万0989円及び内金6万4132円に対する平成10年10月16日から,内金8万6857円に対する平成10年11月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

一七  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告井田富士夫に対し,金11万9428円及び内金8万6857円に対する平成10年10月16日から,内金3万2571円に対する平成10年11月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

一八  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告牛丸健に対し,金15万7714円及び内金7万0095円に対する平成10年10月16日から,内金8万7619円に対する平成10年11月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

一九  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告大熊正浩に対し,金12万2668円及び内金4万3810円に対する平成10年10月16日から,内金3万5048円に対する平成10年11月16日から,内金4万3810円に対する平成10年12月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二〇  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告浅倉泰に対し,金9万5238円及びこれに対する平成10年10月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二一  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告須藤昌仁に対し,金9万7714円及び内金6万5143円に対する平成10年10月16日から,内金1万0857円に対する平成10年11月16日から,内金2万1714円に対する平成10年12月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二二  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告・第4事件被告今井明に対し,金9万8945円及び内金5万7993円に対する平成10年11月16日から,内金4万0952円に対する平成10年12月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二三  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告・第8事件被告佐竹一剛に対し,金46万3765円及び内金2万2527円に対する平成10年10月16日から,内金21万5238円に対する平成10年11月16日から,内金19万3714円に対する平成10年12月16日から,内金3万2286円に対する平成11年1月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二四  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告猪又恭三に対し,金5万1905円及び内金3万1143円に対する平成10年10月16日から,内金2万0762円に対する平成10年12月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二五  第1事件被告・第2ないし第9事件原告は,第1事件原告吉田日出男に対し,金20万7620円及び内金2万0762円に対する平成10年10月16日から,内金9万3429円に対する平成10年11月16日から,内金9万3429円に対する平成10年12月16日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二六  第1事件原告・第9事件被告岡田和成は,第1事件被告・第2ないし第9事件原告に対し,金7万1632円及びこれに対する平成12年1月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二七  第1事件原告神野由夫,同長谷川隆一,同宮城健,同島村敬一,同石井賢二,同今井明及び同佐竹一剛のその余の請求,第1事件原告岡田和成の請求,第2ないし第8事件原告の請求並びに第9事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。

二八  訴訟費用は,第1ないし第9事件を通じてこれを10分し,その1を第1事件原告ら・第2ないし第9事件被告らの負担とし,その余を第1事件被告・第2ないし第9事件原告の負担とする。

二九  この判決は,第1ないし第26項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(第1事件)

一  第1事件被告は,第1事件原告らに対し,別紙<略>1「9月分賃金表」の「9月分賃金不足額(f)」欄記載の各金員及び右各金員に対する平成10年10月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  第1事件被告は,第1事件原告らに対し,別紙2「10月分賃金表」の「10月分賃金不足額(f)」欄記載の各金員及び右各金員に対する平成10年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

三  第1事件被告は,第1事件原告らに対し,別紙3「11月分賃金表」の「11月分賃金不足額(f)」欄記載の各金員及び右各金員に対する平成10年12月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

四  第1事件被告は,第1事件原告らに対し,別紙4「12月分賃金表」の「12月分賃金不足額(f)」欄記載の各金員及び右各金員に対する平成11年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(第2事件)

第2事件被告(長谷川隆一)は,第2事件原告に対し,金1万4417円及びこれに対する平成12年2月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(第3事件)

第3事件被告(石井賢二)は,第3事件原告に対し,金2万2725円及びこれに対する平成12年2月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(第4事件)

第4事件被告(今井明)は,第4事件原告に対し,金8万5341円及びこれに対する平成12年2月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(第5事件)

第5事件被告(宮城健)は,第5事件原告に対し,金5647円及びこれに対する平成12年2月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(第6事件)

第6事件被告(神野由夫)は,第6事件原告に対し,金4万1575円及びこれに対する平成12年2月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(第7事件)

第7事件被告(島村敬一)は,第7事件原告に対し,金1万4815円及びこれに対する平成12年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(第8事件)

第8事件被告(佐竹一剛)は,第8事件原告に対し,金9万5854円及びこれに対する平成12年2月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(第9事件)

第9事件被告(岡田和成)は,第9事件原告に対し,金21万1632円及びこれに対する平成12年1月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件のうち,第1事件は,第1事件被告の従業員である第1事件原告らが,40日間にわたるストライキを行った後,就労の意思を示したにもかかわらず,第1事件被告が正当な理由なく第1事件原告らの提供した労務の一部の受領を拒否し,第1事件原告らの賃金から欠勤控除を行ったとして,欠勤控除がなければ支給されるべき賃金分との差額の支払を求める事案である。

また,第2ないし第9事件は,同各事件原告が,各事件被告に対し,立替金等の支払を求める事案である。

一  前提となる事実

1  当事者等

第1事件被告・第2ないし第9事件原告(会社組織あるいは意思決定,権利・義務帰属等の主体として表す場合,以下「被告会社」という場合がある。)は,肩書地に本店を置き,一般貨物自動車運送事業,石油類の販売等を目的とする株式会社である。従業員数は約100名,車両数は約100台である。

第1事件原告ら(第2ないし第9事件各被告を兼ねる者もある。特に断りのない限り,以下「原告ら」という。)は,いずれも被告会社に雇用されている者であり,その業務はタンクローリー車の運転等である。原告らはいずれも,平成9年5月25日に結成された東京東部労働組合エスエイロジテム支部(以下「東部労組支部」という。)の組合員である。

原告らの賃金は毎月末日締め翌月15日払いであった。

(争いのない事実,<証拠略>,弁論の全趣旨)

2  第1事件について

(一) 原告らの賃金控除

原告らと被告会社とは,被告会社が原告らに対し,平成10年9月分,同年10月分,同年11月分及び同年12月分として,別紙1ないし4の各賃金表の「本来の支給額(a)」欄記載の賃金(基本給,勤続本給,乗務業務手当,家族手当)を支給する旨約していたが,被告会社は原告らに対し,同表の「減額分(b)」欄記載の金額を減額した旨給与明細書に記載した上で,同表の「賃金現実支給額(g)」欄記載の金額に限って右各月の賃金を支給した。

原告らの右各月の1日の日当額及び欠勤日数は,それぞれ別紙1ないし4の各賃金表の「1日の日当(d)」欄及び「スト解除後欠勤日数(e)」欄記載のとおりであり,したがって,第1事件原告らが,被告会社が原告らの労務の提供の受領を拒否し,その結果不当に賃金を控除されたと主張する賃金額は,同表の「賃金不足額(f)」欄記載の金額のとおりである(以下,この賃金控除額を「本件賃金控除額」と,また,この控除額に相当する原告らの労働時間を「本件賃金控除額相当時間」という。)。

(争いのない事実,弁論の全趣旨)

(二) ストライキ等

東部労組支部は,平成10年8月6日から同年9月14日までの40日間にわたり,被告会社においてストライキを行い,原告らはいずれもこれに参加した(以下「本件ストライキ」という。)。

同年9月14日,東部労組支部は,被告会社に対し,東京都地方労働委員会(以下「都労委」という。)のあっせんの席上において,本件ストライキは同日で終了し,原告らを含む同支部組合員は同月16日から被告会社において就労する旨文書をもって通告した(以下「本件通告」という。)。

(争いのない事実)

3  第2ないし第9事件について

(一) 第2事件ないし第9事件原告(以下,本項においてのみ「原告会社」という。)は,毎月の従業員の給与総支給金額から,債務者本人負担分である健康保険料,厚生年金保険料,厚生年金基金,雇用保険料,住民税等を控除し,右健康保険料等の支払を原告会社が行い,従業員には給与としてその残額を支払うという給与支払形式を採っていた。

(二) 第2事件被告(長谷川隆一。以下「長谷川」という。)の平成10年9月分の給与総支給額は5万3281円であったところ,同月の長谷川の負担すべき健康保険料等は,健康保険料1万6720円,厚生年金保険料2万5935円,厚生年金基金7030円,雇用保険料213円,住民税1万7800円,以上合計6万7698円であり,この控除すべき額が右給与総支給額を上回ったため,原告会社はその差引額である1万4417円につき立替払いをした。

原告会社は長谷川に対し,右立替金の支払を繰り返し催告したが,長谷川はこれを支払わない。

(三) 第3事件被告(石井賢二。以下「石井」という。)の平成10年9月分の給与総支給額は3万2913円であったところ,同月の石井の負担すべき健康保険料等は,健康保険料1万8040円,厚生年金保険料2万7982円,厚生年金基金7585円,雇用保険料131円,住民税1900円,以上合計5万5638円であり,この控除すべき額が右給与総支給額を上回ったため,原告会社はその差引額である2万2725円につき立替払いをした。

原告会社は石井に対し,右立替金の支払を繰り返し催告したが,石井はこれを支払わない。

(四) 第4事件被告(今井明。以下「今井」という。)の平成10年9月分の給与総支給額は4万6409円であったところ,同月の今井の負担すべき健康保険料等は,健康保険料1万6720円,厚生年金保険料2万5935円,厚生年金基金7030円,雇用保険料185円,住民税1万6700円,保険料180円,住宅共益営繕費1万5000円,財形貯蓄5万円,以上合計13万1750円であり,この控除すべき額が右給与総支給額を上回ったため,原告会社はその差引額である8万5341円につき立替払いをした。

原告会社は今井に対し,右立替金の支払を繰り返し催告したが,今井はこれを支払わない。

(五) 第5事件被告(宮城健。以下「宮城」という。)の平成10年9月分の給与総支給額は4万4214円であったところ,同月の宮城の負担すべき健康保険料等は,健康保険料1万6720円,厚生年金保険料2万5935円,厚生年金基金7030円,雇用保険料176円,以上合計4万9861円であり,この控除すべき額が右給与総支給額を上回ったため,原告会社はその差引額である5647円につき立替払いをした。

原告会社は宮城に対し,右立替金の支払を繰り返し催告したが,宮城はこれを支払わない。

(六) 第6事件被告(神野由夫。以下「神野」という。)の平成10年9月分の給与総支給額は4万0657円であったところ,同月の神野の負担すべき健康保険料等は,健康保険料1万5840円,厚生年金保険料2万4570円,厚生年金基金6660円,雇用保険料162円,準社宅負担3万5000円,以上合計8万2232円であり,この控除すべき額が右給与総支給額を上回ったため,原告会社はその差引額である4万1575円につき立替払いをした。

原告会社は神野に対し,右立替金の支払を繰り返し催告したが,神野はこれを支払わない。

(七) 第7事件被告(島村敬一。以下「島村」という。)の平成10年9月分の給与総支給額は5万7220円であったところ,同月の島村の負担すべき健康保険料等は,健康保険料1万8040円,厚生年金保険料2万7982円,厚生年金基金7585円,雇用保険料228円,住民税1万8200円,以上合計7万2035円であり,この控除すべき額が右給与総支給額を上回ったため,原告会社はその差引額である1万4815円につき立替払いをした。

原告会社は島村に対し,右立替金の支払を繰り返し催告したが,島村はこれを支払わない。

(八) 第8事件被告(佐竹一剛。以下「佐竹」という。)の平成10年9月分の支給すべき給与はなかったところ,同月の佐竹の負担すべき健康保険料等は,健康保険料1万8040円,厚生年金保険料2万7982円,厚生年金基金7585円,住民税2400円,保険料5580円,以上合計6万1587円であった。

また,佐竹の平成10年10月分の給与総支給額は2万0866円であったところ,同月の佐竹の負担すべき健康保険料等は,健康保険料1万5840円,厚生年金保険料2万4570円,厚生年金基金6660円,雇用保険料83円,住民税2400円,保険料は5580円,以上合計5万5133円であり,この控除すべき額が右給与総支給額を3万4267円上回った。

原告会社は,平成10年9月分の控除すべき金額全額(6万1587円)及び同年10月分の右差引額(3万4267円)の合計額9万5854円につき立替払いをした。

原告会社は佐竹に対し,右立替金の支払を繰り返し催告したが,佐竹はこれを支払わない。

(九)(1) 第9事件被告(岡田和成。以下「岡田」という。)は,平成11年6月24日,原告会社越谷営業所所属のトラック(足立12か7607)を運転中,停車中の堀古真和運輸株式会社の4トントラックに対する追突事故を起こした。この事故は,岡田の100パーセント過失に基づくものである。

この事故により,原告会社の右トラック及び堀古真和運輸株式会社の右トラックがともに損傷した。

(2) この損傷に関し,原告会社と岡田との間で,平成11年6月28日,次の内容の和解契約が成立した。

「 相手方(岡田)の物損事故の保険金免責額の10万円の3分の1である3万3300円と,自損部分の総額の5分の1の金額を7月15日の給与の中から支払うこととし,給与から控除することに同意します。

ただし,支払総合計金額が,15万円を超える場合には2回で支払うものとします。」

(3) この事故に関する免責額の合計は左記のとおりであり,支払総額は15万円を超える。

保険金免責額の3分の1 3万3300円

自動車修理代の5分の1 30万5220円(1,526,101/5=305,220)

以上合計 33万8520円

(4) 岡田は,平成11年6月28日,原告会社を退社した。

岡田の平成11年7月15日の給与額は12万6888円(右退社日までの日割り)である。

(5) 原告会社は,平成11年7月15日,右和解契約に基づき,同日に岡田に対して支給すべき給与12万6888円全額を控除したが,右のとおり岡田が原告会社を退社したため,残額21万1632円を岡田の給与から控除することができなかった。

(6) 岡田は右残額21万1632円を支払わない。

(争いのない事実)

二  争点(第1事件について)

1  原告らは,本件賃金控除額相当時間について,被告会社に対して労務を提供したか。

2  (原告らが労務の提供をしたのに被告会社がその受領を拒否したと認められるとして)被告会社には,原告らの労務提供について受領を拒否した点につきその責めに帰すべき事由があるか。

三  当事者の主張

(第1事件について)

1 第1事件原告らの主張

(一) 平成10年9月14日,東部労組支部は,被告会社に対し,本件ストライキは同日で終了し,原告らを含む同支部組合員は同月16日から被告会社において就労する旨文書をもって通告した(本件通告)。しかし,被告会社は,本件ストライキによって荷主からの運送発注件数が減ったとして,原告らの運送業務への従事(配車)を拒むか,従前に比して著しく少ない配車割当てをし,原告らに配車しなかった日については就労しなかったものとして扱い,その日数分の賃金(本件賃金控除額)を控除した上で原告らの賃金を計算した。

もとより,原告らは,本件通告のとおり,平成10年9月16日以降労務の提供をすべく,定時(午前6時,ただし,同月16日は午前8時)に被告会社に出社し,午後3時まで,当初は被告会社2階の事務室(以下「会社事務室」という。)で,後に東部労組支部の組合事務所(以下「組合事務所」という。)で待機して,被告会社の労務指揮下に入っているから,右の賃金控除は許されない。原告らが右のとおり被告会社において待機していたことは,運転日報(<証拠略>。以下「本件運転日報」という。)により明らかである。

右のとおり待機場所を移動したいきさつは,次のとおりである。すなわち,原告らは,平成10年9月16日に出社して,当初会社事務室で待機していたが,同事務室は狭く,大勢の者が入ると身動きが取れなくなり,被告会社の日常業務にも支障を来す様子であったため,東部労組支部書記長である佐竹が被告会社の配車係である大野達也(以下「大野」という。)に対し,「自分たちがここにいたら邪魔だろうから,組合事務所で待機しましょうか。」と尋ねたところ,大野が「それではお願いします。」と答えた。これにより,原告らは組合事務所に移動して,それ以降同事務所において待機するようになったのである。このように,被告会社は,原告らが組合事務所で待機していることを承知していたのであって,このことは,乗務予定者が突然休んだ場合などに,大野が組合事務所に来て,「突発休が出たのでだれか1名乗車させてくれ。」と要請していたことからしても明らかである。

(二) 第1事件被告は,本件賃金控除額相当時間につき原告らに対して配車を行っていたのは東部労組支部であり,原告らは同支部の支配下にいた旨主張する。

しかし,東部労組支部が原告らについて配車をしたのは,被告会社が,原告らの就労の意思表示にもかかわらず,その有するところの労務指揮権を行使せず,原告らを乗車させない上,乗車しない場合には賃金を支払わないという態度を取ったため,やむを得ず,家族関係等からして緊急に現実に賃金を入手する必要性の最も高い者から乗車業務ができるよう順次配車したのである。

したがって,東部労組支部から配車を受けることによって,原告らが,配車されなかった者については不就労とするとの被告会社の見解を承諾したことは全くないし,配車がなかった分の賃金請求権を放棄したこともない。

(三) 第1事件被告は,配車の割当てがなかった原告らが,被告会社に対し配車の割当てを求めてきたり抗議してきたことは一度もなく,このことは,原告らが配車割当てがなかった事実を是認し,それが自己の責任であることを理解していたことを示す旨主張する。しかし,原告らは,東部労組支部を通じて,基本給の増額,残業に係る業務の付与等を求めて都労委に救済申立てをしている。

(四) 第1事件被告は,本件ストライキの影響で仕事量が減少し,その結果,原告らに対して業務を与えることができなかった旨主張する。

しかし,被告会社が本件ストライキの解除後原告ら組合員に対して乗車業務をさせていないのは,仕事量の減少というよりも,被告会社が原告ら組合員が従来乗車していた担当車を,平成10年10月1日付けで設立された別会社セーフティオイルトランスポート株式会社に移したためである。

また,仮に仕事量が減少したとしても,被告会社はレイオフ等労働関係法規のしかるべき手続により,しかるべき割合の賃金を払って,原告らに対応しなければならないのに,被告会社はそのようなことをしていない。

(五) よって,原告らは,被告会社に対し,本件賃金控除額である別紙1ないし4の各賃金表の「賃金不足額(f)」欄記載の金員及び平成10年9月ないし12月分の各賃金の各月の支払日の翌日である同各月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 第1事件被告の主張

(一) 原告らの労務提供の不存在について

(1) 本件賃金控除額相当時間につき原告らに配車を行っていたのは東部労組支部であり,原告らは同支部の支配下にいたから,被告会社が右時間分に該当する所定労働時間中原告らを指揮命令下に置いた事実はなく,したがって,原告らが被告会社に対して労務提供をした事実は存在しない。

すなわち,原告らは全員東部労組支部に所属して,本件ストライキに参加した者であるが,このストライキの解除後は,原告らに対する配車の割振り,ローテーションについては被告会社ではなく同支部が行っていた。具体的には,被告会社が配車の組立てをした台数分を,東部労組支部が同支部の自主的な判断で配車の割当てをするというものである。これは,本件ストライキの影響により,被告会社において業務量が減少し,被告会社として配車することができない原告らが生じてきたため,被告会社と東部労組支部との間で協議して合意した配車方法であり,同支部がそのように割り当ててきた配車に基づく原告らの労務提供については,被告会社がこれを拒否したことは一切ない。原告らに配車の割当てがなかったのは,東部労組支部の配車割当ての結果であり,被告会社の配車割当ての結果ではないのである。

また,原告らは東部労組支部に対しては,就労できる態勢にある旨の意思表示をしていたかもしれないが,そうであっても,被告会社に対してその意思表示をしていない。配車の割当てがなかった原告らが,被告会社に対し配車の割当てを求めてきたり抗議してきたりしたことは一度もないからである。したがって,原告らは,配車割当てがなかった事実を是認し,それが自己の責任であることを理解していたということができる。

さらには,配車割当てのなかった原告らが,その当日被告会社の支配下で待機したという事実がないことはもとより,東部労組支部の支配下にあったかすら明らかではない。原告ら運転手にとっての「債務の本旨に従った労務の提供」とは,現実にタンクローリー等に乗車して石油製品などを配送することを指すが,原告らは本件においてそのような乗車,配送をしていない。

以上の事情の(ママ)照らせば,前記のとおり,原告らが被告会社に対して労務提供をした事実は存在しないし,その労務提供の受領を拒否したこともないのである。

(2) 第1事件原告らは,本件賃金控除額相当時間中,原告らは組合事務所で待機して労務を提供していた旨主張する。しかし,組合事務所はわずか10畳,5坪ほどの広さしかなく,原告ら組合員全員(当時は42名ほど)が,就業時間中同事務所に居続けることは客観的に不可能であること,実際にも,被告会社従業員が,同事務所には原告らのうち数人しかいないことを確認していることに照らせば,右主張は虚偽であるというべきである。

本件運転日報については,被告会社はこれを受け取ったことはない。このことは,被告会社において運転日報は1枚のみ作成することとなっていたのに,原告らがその原本を保管していること,被告会社においては,乗務員が待機する場合には,運転日報の「待機時間」欄に,具体的待機時間を記入するものとされているのに,本件運転日報の「待機時間」欄にはそのような記載が全くないこと,原告今井の運転日報(<証拠略>)には,出庫時間と帰庫時間の記載がないこと,以上の事実からして明らかである。

また,そもそも(証拠略)は後日まとめて記載された可能性が極めて高い。すなわち,例えば(証拠略)では,通常間違うはずのない日付を誤っており,また,(証拠略)では出庫時間を8時と,(証拠略)では出庫時間を15時と,それぞれ誤って記載しているのである。

以上のとおりであって,(証拠略)は,原告らが被告会社において待機していた事実を証明するものではない。

(3) 第1事件原告らは,原告らが組合事務所で待機することは,大野の承諾の下のことであり,したがって,被告会社は原告らが組合事務所で待機していることを承知していた旨主張する。

しかし,大野が原告らの組合事務所での待機を承諾した事実はないし,大野にそのような権限もない。

また,被告会社は,平成10年9月14日の都労委でのあっせんの席上,原告らの一部を含む東部労組支部側の出席者に対し,本件ストライキが終了したからといって,本件ストライキの影響により被告会社の業務がなくなり,直ちに本件ストライキ前の業務状態に戻ることはないから,配車調整等が必要である,ついては原告らが被告会社に出社して待つことは許さない旨明言し,また,同月17日には,配送業務に就かない者は無給扱いになること,社内に立ち入らないことを原則にして,社内への立入りには被告会社の許可が必要であることを内容とする通達(<証拠略>)を発しているのである。以上の点からすれば,原告の(ママ)主張する大野の承諾の以前から,既に被告会社は原告に(ママ)対し,業務のための待機など認めないことを明らかにしているし,会社事務室での被告による待機指示などあり得ず,ましてや,組合事務所において待機することを被告が認めてなどいないことは明らかである。

(二) 労務提供の受領拒否の帰責性について

(1) 仮に,原告らが被告会社に対して就労の意思を表明し,被告会社がこれを拒否したとの事実があったとしても,次のとおり,被告会社が原告らの労務提供の受領を拒否した点につき被告会社の責めに帰すべき事由は存しない。したがって,債務者負担主義の原則(民法536条1項)により,原告らには被告会社に対する賃金請求権は発生しない。

ア 本件ストライキは40日間にわたって行われた。ストライキが1日行われた程度であれば格別,このような期間にわたり,かつ,運転手74名中42名によって実施されてしまえば,特にこの不況下においては,被告会社への運送業務の発注が減少することは当然である。本件ストライキの通告は,本件ストライキの開始のわずか15分前にされたものであり,しかも,本件ストライキ初日に夜間配送していた原告ら4名は,その配送が完了していないにもかかわらず,本件ストライキ開始の午前零時をもって配送業務を放棄しているのであって,この結果,当日の配送が滞り,届け先の在庫が切れるといった最悪の事態を引き起こし,被告会社が延々と築き上げてきた取引先に対する信頼が一挙に瓦解してしまったのである。

被告会社は,このことが原因で原告らに対して業務を与えることができなかったのである。

確かに,製造業であれば,販売できなくても在庫化することができるから,取引先の発注の有無にかかわらず従業員の労務提供を受領することも可能かもしれないが,荷主の発注がない限り業務の提供をできない運送業においては,前記のように業務の発注が減少している下では,即,原告らに対して業務を与えることができない事態となるのである。

被告会社は,本件ストライキ解除後,できる限り従業員に仕事を与えるように努力してきた。本件ストライキ解除後即配車ができなかったのは,本件ストライキに参加した従業員すなわち原告らの責めに帰すべき事由である。

イ また,被告会社においては,その乗務員には,保有する運転免許によって乗車可能な車両と乗車不可能な車両とがあり,車両についても,それが入構可能な油槽所と入構不可能な油槽所とがあるなど,一定の制約があった。被告会社は,右のような諸条件を考慮して,どの車両に,いつ,だれを乗車させるかを決めていたが,それには細かい作業が必要であり,したがって,被告会社の乗務員に乗務の代替性があるということはできない。そのため,当時の乗務員の半数ほどを占めていた原告らが,何らの事前連絡もなく突然本件ストライキを解除し,被告会社に対して,直ちに乗務できるよう求めてきたとしても,被告会社が原告らに対して満遍なく配車をすることは客観的に不可能であった。

(2) 第1事件原告らは,仮に仕事量が減少したとしても,被告会社はレイオフ等労働関係法規のしかるべき手続により,しかるべき割合の賃金を払って,原告らに対応しなければならないのに,被告会社はそのようなことをしていない旨主張する。

しかし,前記のとおり,被告会社は,平成10年9月17日付けの通達において,配車業務に就いていない者は無給扱いとなり,原則として社内への立入りを禁止していて,一定の措置を講じている。また,本件ストライキ解除直後から,東部労組支部が自主的に配車を行っていたのであるから,原告らの中でだれにレイオフ等を命ずるかについて具体的な検討は東部労組支部が行うべきであるし,現実に被告会社としてどの乗務員が休みになるのか把握し得ない状況にあったのである。

(第2ないし第9事件について)

1 第2ないし第9事件原告の主張

第2ないし第9事件原告は,第2ないし第9被(ママ)告らに対し,第二の一(前提となる事実)3記載の各金員の支払請求権を有するから,第一(請求)記載のとおりの金額の金員及び遅延損害金の支払を求める。

2 第2ないし第9事件被告らの主張

第2ないし第9事件被告らは,第2ないし第9事件原告の請求するそれぞれの債権について,第2ないし第9事件被告らが第2ないし第9事件原告に対して有する第1事件に係る債権をもって対等額で相殺する。

第三当裁判所の判断

一  第1事件について

1  原告らは,本件賃金控除額相当時間について,被告会社に対して労務を提供したか(争点1)

(一) 一般に,履行の提供は,債務の本旨に従って現実にされることを要し(民法493条本文),労務の提供であってもこれと異なるところはない。そして,労働者が労務を現実に提供しているということは,使用者が労働者を指揮命令下に置いている状況にあることを意味すると解するのが相当である。

(二) 以上を前提に,本件賃金控除額相当時間中原告らが被告会社に対して労務の提供を行ったと認めることができるかについて検討する。

前提となる事実に証拠(<証拠・人証略>)を併せ考えれば,次の事実が認められる。

(1) 原告らは本件ストライキに参加し,その間被告会社において就労しなかったが,平成10年9月14日,東部労組支部を通じて被告会社に対し,同月16日から被告会社において就労する旨を通告した(本件通告)。

(2) 原告らは,同月16日午前8時ころ,それぞれ被告会社に出勤し,会社事務室において待機していたが,その後同日中に,こぞって被告会社敷地内にある組合事務所に移動した。この移動に当たり,佐竹(東部労組支部書記長)は被告会社の配車係であった大野に対し,原告らが会社事務室にいたら邪魔だろうから,組合事務所で待機する旨提案したところ,大野がこれを承諾したといった経緯があった。

(3) 同日以降,本件賃金控除額相当時間中,原告らは原則として組合事務所において待機を続けたが,例外として,一部被告会社敷地内の車両内において待機した場合もあった。

原告らは,右のとおり待機した日には,所定労働時間の終了する時刻である午後3時以降,当日分の運転日報(本件運転日報)を会社事務室備付けの箱の中に入れることによって被告会社に対して提出していた。

(三) 以上認定の事実によれば,原告らは,本件賃金控除額相当時間中,被告会社敷地内において労務を提供するために待機していたこと,被告会社もそのことを認識していたことが認められる。よって,被告会社は原告らを指揮命令下に置いている状況にあったことが認められ,原告らは,本件賃金控除額相当時間中労務を現実に提供していたものと認めるのが相当である。

なお,右認定のとおり,原告らが被告会社敷地内の車両内で待機した場合もあったが,この場合であっても,被告会社から組合事務所あてに乗務の命令があれば,原告らは,組合事務所で待機している者からの連絡を受けて,即座に乗務に就くことが可能であったというべきであるから,原告らが被告会社敷地内の車両内で待機したことは,原告らが労務提供のために待機し,かつ,被告会社がこれを認識していたとの右認定を妨げるものではない。また,第1事件原告らは,原告らの待機場所として組合事務所のみを主張するにとどまっているが,これは,会社事務室以外の場所で待機していても労務の提供として十分であることに焦点を置いた主張であると解され,被告会社敷地内の車両内での待機を原告らの労務提供であるとの前記認定は,第1事件原告らの右主張に矛盾あるいは逸脱するものではない。

(四) 第1事件被告の主張について

(1) 第1事件被告は,本件賃金控除額相当時間中原告らに配車を行っていたのは東部労組支部であり,原告らは同支部の支配下にいたのであって,被告会社が原告らを所定労働時間内に指揮命令下に置いた事実はない旨主張する。

確かに,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,本件賃金控除額相当時間中,被告会社が,原告らを含む東部労組支部所属の従業員の配車割当てを東部労組支部に対してゆだねていた時期があることが認められる。しかし,東部労組支部が,当該日にどの組合員についてどのような配車をするかを決定する完全な権限をゆだねられていたと認めるに足りる証拠はない。第1事件被告の右主張は,右のような権限が東部労組支部にゆだねられていたとする趣旨であると解される以上,右主張は前提を欠くものといわざるを得ない。

また,右認定のとおり,東部労組支部は配車割当てをゆだねられていたとはいえ,それに基づいて原告らが就労をすれば,少なくともその間は被告会社の指揮命令下にあったということになる。そうすると,被告会社が東部労組支部に対して配車割当てをゆだねたといっても,それは単に原告らの就労の意思表示が同支部を経由するという形になっていたにすぎず,東部労組支部が配車割当てをゆだねられていたとの事実は,原告らが労務提供を行っていなかったことを示す事実であるとまではいえない。

よって,原告らに対する配車方法に関し,被告会社が原告らを所定労働時間内に指揮命令下に置いた事実はない旨の第1事件被告の右主張は採用の限りではない。

これに関連して,第1事件被告は,配車割当てのなかった原告らが,その当日被告会社の支配下で待機したという事実がないことはもとより,東部労組支部の支配下にあったかすら明らかではない,また,配車の割当てがなかった原告らは,被告会社に対し配車の割当てを求めてきたり抗議してきたりしたことは一度もなく,被告会社に対して就労の意思表示をしていない旨主張する。しかし,右主張は,被告会社が東部労組支部に対して配車割当てをゆだねた結果,原告らが被告会社の指揮命令下になかったことを前提にしているが,原告らが被告会社の指揮命令下になかったとの第1事件被告の主張を採用することができないことは前記のとおりであるから,右主張はその前提を欠き採用の限りではない。

(2) 第1事件被告は,原告ら運転手にとっての「債務の本旨に従った労務の提供」とは,「現実にタンクローリー等に乗車して石油製品などを配送すること」を指すが,原告らは本件においてそのような乗車,配送をしていない旨主張する。

しかし,原告らが被告会社において担う業務内容に照らせば,「現実にタンクローリー等に乗車して石油製品などを配送すること」とは労務の履行そのものであって,これのみを労務の現実の提供ととらえるのは,履行の提供の解釈として狭きに失するというほかはなく,第1事件被告の右主張は失当である。

(3) 第1事件被告は,組合事務所は狭く,原告ら組合員全員が就業時間中同事務所に居続けることは客観的に不可能であること,実際にも,被告会社従業員が,同事務所には原告らのうち数人しかいないことを確認していることに照らせば,原告らが組合事務所で待機して労務を提供していた旨の第1事件原告らの主張は虚偽である旨主張し,(人証略)は,「組合事務所は約10畳,5坪程度の部屋であり,本件ストライキに参加した者42名全員が所定労働時間中ずっと居続けるのは不可能である。また,組合事務所の入口前に靴が置かれているのを見たことがあるが,その数は数名程度分にすぎず,また,被告会社の従業員池田も毎日靴の数を見て,全員分の靴がなかったことを確認している。」旨,右主張に沿う証言をする。

しかし,原告らは被告会社敷地内の車両内で待機していた場合もあったこと,敷地内の車両内であれば労務の提供として十分であると解されることは前記認定・判断のとおりであるから,組合事務所以外で待機していても労務の提供には当たらないことを前提とする第1事件被告の右主張は失当である。

また,(人証略)の右証言も,原告らが被告会社敷地内の車両内で待機していた場合もあったとの前記認定事実と必ずしも矛盾しない内容であって,そうだとすると,右証言をもって第1事件被告の右主張が裏付けられるとまでは解することができない。

以上のとおりであって,第1事件被告の右主張は採用できない。

(4) 第1事件被告は,被告会社は本件運転日報を受け取ったことはない旨主張するが,前記認定に反し採用できない。

この点,第1事件被告は,被告会社が本件運転日報を受け取ったことがないことを裏付ける事情として,(ア) 被告会社において1枚のみ作成することとなっていたのに,原告らがその原本を保管していること,(イ) 被告会社においては,乗務員が待機する場合には,運転日報の「待機時間」欄に具体的待機時間を記入するものとされているのに,本件運転日報の「待機時間」欄にはそのような記載が全くないこと,(ウ) 原告今井の運転日報(<証拠略>)には,出庫時間と帰庫時間の記載がないことを挙げる。しかし,(ア)については,証拠(<人証略>)によれば,原告らは本件賃金控除額相当時間中,当該日の本件運転日報の提出に当たり,それを証拠化するために,原本のほかにもう一部複写したものを作成していたことが認められるから,原告らが現に本件運転日報を一部所持していることは何ら不自然ではない。また,(イ)及び(ウ)については,仮に,被告会社においては,運転日報に待機時間,出庫時間及び帰庫時間を記載しない限り,運転日報の記載として十全ではないとされていたとしても,その記載のないことが,原告らが労務提供のために待機していたことを否定することに必ずしもつながるものではないというべきである。

以上のほか,第1事件被告は,本件運転日報の記載の誤りを指摘して,本件運転日報が後日作成されたものであることを示すものであるなどと主張するが,そこで指摘されている記載の誤りは必ずしも重大なものであるとはいえず,右主張は採用の限りではない。

(5) 第1事件被告は,被告会社は,既に都労委でのあっせんの席上や通達(<証拠略>)によって,原告に対し,業務のための待機など認めないことを明らかにしており,そうすると,被告会社事務室での被告による待機指示などあり得ず,ましてや,組合事務所において待機することを被告が認めてなどいないことは明らかである旨主張する。しかし,右主張は,被告会社が労務提供の受領を拒否している以上,原告らが労務を提供する権利を失うとの見解に立った立論であると解され,そのような見解を是とするものではないから,右主張を採用することはできない。

(五) 以上のとおりであって,本件賃金控除額相当時間中原告らが被告会社に対して労務を提供したことが認められるから,被告会社は,別紙1ないし4の各賃金表の「賃金不足額(f)」欄記載の金額に相当する時間(本件賃金控除額相当時間)につき,原告らの労務の提供の受領を拒否したことが認められる。

2  被告会社には,原告らの労務提供について受領を拒否した点につきその責めに帰すべき事由があるか(争点2)

(一) 労働者が労務を提供し,使用者がこれを受領しないことは,使用者の責めに帰すべき事由に基づくものと推認されると解するのが相当である。使用者は企業を運営するに当たり,その企業運営の必要の範囲内で,それに見合う人数の労働者と,相応の労働条件の下で労働契約(雇用契約)を締結しているのが通常であり,にもかかわらず使用者が労務を受領しないというのは,例外的かつ異常な事態であるというべきであるからである。したがって,使用者としては,労務の受領を拒否したことについて自己の責めに帰すべきものであることを否定するためには,そこに合理的な理由があること等右推認を覆すに足りる事実を主張・立証しなければならないことになる。

(二) 本件でも,前記認定・判断のとおり,本件賃金控除額相当時間中,原告らが被告会社に対して労務を提供したが,被告会社がその受領を拒否したのであるから,この受領拒否について被告会社の責めに帰すべき事由があると推認される。

(三) これに対し,第1事件被告は,本件ストライキが原因で被告会社への運送業務の発注が減少し,その結果原告らに対して本件ストライキ解除後即配車ができなかった,したがって,被告会社が原告らの労務の提供を拒否したことは,本件ストライキに参加した従業員すなわち原告らの責めに帰すべき事由である旨主張し,これに沿う証拠(<証拠・人証略>)もある。

しかし,第1事件被告は,本件賃金控除額相当時間中,原告ら以外の従業員(乗務員)についてはどの程度の配車を行っていたかについて何ら主張しない。仮に,この間原告らと原告ら以外の従業員とで配車の割合が同程度であるなどといった主張・立証がされれば,他の事情とあいまって原告らからの労務の提供の受領を拒否したことにつき合理的な理由があると解する余地があるが,右のとおり本件ではそのような主張がなく,かえって,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,この間,東部労組支部所属組合員以外の従業員に対し,同支部所属組合員に比べて多く配車の割当てがされた場合があったことが認められる。

したがって,仮に本件ストライキが原因で被告会社への運送業務の発注が減少したとの事実があったとしても,この事実は,被告会社には労務提供の受領を拒否したことについて責めに帰すべき事由がないことの根拠とはなり得ないというべきである。

第1事件被告の右主張は採用できない。

(四) 第1事件被告は,乗務員の乗務には,諸条件に照らして一定の制約があり,その乗務に代替性があるということはできないのであって,原告らが何らの事前連絡もなく突然本件ストライキを解除し,被告会社に対して直ちに乗務できるよう求めてきたとしても,被告会社が原告らに対して満遍なく配車をすることは客観的に不可能であった旨主張し,これに沿う証拠(<人証略>)もある。

しかし,仮に被告会社が原告らに対して満遍なく配車をすることは客観的に不可能であったとの事実があったとしても,第1事件被告が,本件賃金控除額相当時間中,原告ら以外の従業員についてどの程度の配車を行っていたかについて何ら主張しない以上,右の事実は,被告会社には労務提供の受領を拒否したことについて責めに帰すべき事由がないことの根拠とはなり得ないこと,前記(三)と同様である。

また,(人証略)は,本件ストライキ前,被告会社は,当該日に被告会社に受注が少ないため,乗務員全員に配車をすることができないような場合でも,配車をされなかった乗務員に対して不就業として賃金をカットするような対応を執ったことはなく,そのような場合には,乗務以外の労務を与えたり待機をさせるなど適宜の措置を執っていた旨証言する。右証言によれば,本件ストライキ解除後の原告らに対する措置は,従前と異なる取扱いであったということになり,同証言中に,このような取扱いをした合理的な理由の説明がなく,かつ,他にそのような理由を認めるに足りる証拠がない本件において,被告会社が原告らに対して満遍なく配車をすることは客観的に不可能であったとの趣旨の同証人の証言部分は,必ずしも信用することができないというべきである。

第一事件被告の右主張は採用できない。

(五) 第一事件被告が,原告らの労務提供の受領を拒否したことの合理的な理由等について他に格別の主張をしていない本件においては,右受領拒否について被告会社の責めに帰すべき事由があるとの前記推認を覆すに足りない。

よって,右受領拒否について被告会社の責めに帰すべき事由があると認めるのが相当である。

3  小括

以上のとおりであって,被告会社が原告らの労務提供の受領を拒否したことにつき,被告会社の責めに帰すべき事由があるから,原告らは,労務提供の受領を拒否されて実際に就労しなかった時間分の賃金(本件賃金控除額)の請求権を失わないことになる(民法536条2項本文)。

第1事件に関し,原告らそれぞれについて認容すべき賃金額は,別紙1ないし4の各賃金表の「賃金不足額(f)」欄記載の金額のとおりである。

二  第2ないし第9事件について

1  第2ないし第9事件原告の,それぞれの事件における請求原因事実は,第二の一(前提となる事実)3記載のとおりであり,これらの事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  第2ないし第9事件被告らは,第2ないし第9事件原告の請求するそれぞれの債権について,第2ないし第9事件被告らが第2ないし第9事件原告に対して有する第1事件に係る債権をもって対等額で相殺するとの意思表示をした。

右自働債権の金額は前記一3記載のとおりであり,第2ないし第8事件については自働債権の額が受働債権の額を上回るから,第2ないし第8事件の請求はいずれも棄却することとする。

一方,第9事件については,自働債権の額が受働債権の額を下回るから,受働債権の額(21万1632円)から自働債権の額(14万円)を控除した7万1632円に限りその請求を認容することとする。

三  結論

1  第1事件の請求のうち,第1事件原告羽深和人,同浜辺良信,同吉田英二,同山田進,同清水秀盛,同長聡,同川浦理也,同小野保夫,同桐谷宗孝,同菅谷光哉,同近藤幸雄,同井田富士夫,同牛丸健,同大熊正浩,同浅倉泰,同須藤昌仁,同猪又恭三及び同吉田日出男に関しては,前記一3記載の金額(及びこれに対する遅延損害金)について認容することとする。

第1事件原告神野,同長谷川,同宮城,同島村,同石井,同今井及び同佐竹に関しては,前記二2の相殺の結果,第1事件について前記一3で認容すべきとした金額から第2ないし第8事件の請求金額を控除した金額(及びこれに対する遅延損害金。なお,右控除に当たっては,支払期の早いものから順にこれを行う。)に限り,認容することとする。

2  第2ないし第8事件の請求については,前記二2のとおり棄却することとする。

3  第9事件の請求については,前記二2のとおり,7万1632円(及びこれに対する支払督促の送達の日の翌日である平成12年1月29日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金)に限り請求を認容することとする。

4  よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 吉崎佳弥)

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